何を信じて作るか。

最近、知り合いの関係で写真の個展やらグループ展やらに行く事が増えたのです。
作品を一通りみて、気になった作品があると作家さんに
「この作品は、どういった理由で作ろうと思ったのですか?」と
質問をするのですが、答えが

「作りたかったから、作った。」
「好きだから。」

といった返答が、多いように感じる。




私は基本的に、作品よりも作品を作った人の心に興味を持ってしまう人間なのです。
作品なんて物は、はっきり言って文化遺産を造る職人でも無い限り
大抵は他の人間にでも「作る」ことができてしまうと思う。
それだけ、ソフトウェアや機材に関して、平均化されてきているから。

故に
なぜそれを作るに至ったのか。
なぜそれが好きなのか。
なぜそれが美しく見えてしまうのか。

それを、私は知りたいのに。

自己の根源を制作の動機を、さらしたくない、という気持ちからの返答であれば納得もするが
その根源について、追求しようとしない作家は、私は信用しない。

その根源が、いわゆるオリジナリティや、アイデンティティにつながると信じる。
それを追求しようとしない作家が、はびこっているように思う。退屈。

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